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設立趣旨

         設立趣旨書

1.趣旨

三原ダイヤハイツは広島県三原市西部郊外の田園地帯に位置する住宅団地です。

昭和49年に民間業者によって造成、分譲が始まった南北約800メートル、東西約500メートルの団地で、現在約540世帯1400人が暮らしています。

高度成長期に造成され、入居が始まった団地特有の少子高齢化が進み、平成29年9月時点の65歳以上の高齢化率は51%を超え、75歳以上の敬老行事対象者も250人以上に達しています。このまま推移すると10年後には実に2人に1人が75歳以上の超高齢者地域になると予想されます。

入居が始まった頃に組織された当団地自治会は活発な活動を続けてきましたが、地方都市ならではの問題である若者の流出が続き、自治会活動の担い手の世代交代ができず、従来のような自治会活動を続けてゆくことが次第に難しくなる一方、高齢化に伴う新たな課題への対応も求められるようになってきました。

そこで自治会は三原市社会福祉協議会の協力を得て、平成25年11月に空き店舗を利用した常設型サロン<ダイヤサロン>を開設し、約50人のボランティア世話人が分担して週5日サロンを運営し、住民主体の各種イベント(産直市など)を織り交ぜた集いの場を提供してきました。

更に平成28年11月には、出来る人が困ったひとを支援する相互助け合い活動<オタスケマン>をスタートさせ、生活上の困りごとを何でも支援する仕組みも軌道に乗り始めました。ゴミ出し、草刈り、掃除、電気トラブルや近隣の病院やスーパーマーケットまでの通院、買物支援のような個別支援に加えて、公園や団地内の環境整備など従来自治会が主体的に行ってきた公益的な活動も一部を肩代わりしつつあります。

しかしながら 高齢化を理由とした自治会活動への不参加や役員就任辞退など自治会活動の継続が危ぶまれているのと同様に、軌道に乗り始めたサロン活動やオタスケマン活動の活性化や継続性にも多くの課題があります。また住民へのきめ細かなサービスを提供しようとすると、各種の法的規制や関連業者との軋轢もあり従来の任意団体としての体制では限界があることも明らかになってきました。

そこで 将来にわたってこれらの公益的な活動を維持、発展させるには、常設型サロン<ダイヤサロン>を基盤にして、自治会活動と表裏一体の活動を展開するNPO法人を設立することが不可避であると考えるに至りました。即ち NPO法人化することによって、行政や社会福祉協議会の更なる協力・支援を仰ぎながら、生活支援活動を主体とした様々な公益活動を合法的に続けられるようになります。また元気な高齢者に活動の場を提供することもでき、自治会活動にも貢献することができます。更に将来、それら事業の資金的な裏付けとなる収益事業への取組みや、外部から専門性の高い人材を求めることに対しても展望が拓けてくると考えています。

高齢者に限らず全ての住民がいつまでも安心してこの地域で暮らせることを目指して、ここにNPO法人を設立するものです。

 

2.申請に至るまでの経過

  昭和49年    住宅団地への入居開始とともに自治会が発足し、自治会活動開始。

  平成25年11月   自治会活動の一環として空き店舗を利用した常設型サロン<ダイヤサロン>

                                   を開設。

                                   約50名のボランティア世話人により週5日サロンを運営し、ものづくり教室、

                                   産直市など多彩な集いの場を提供。

  平成28年10月        オタスケマン活動を開始。高齢化が進むなか、ゴミ出し、庭木の剪定など各家庭

                                   でのちょっとした困りごとへの援助や、近隣のスーパー   マーケット、医院への

                                   送迎などを開所。

  平成30年 4月28日    三原ダイヤハイツ自治会通常総会にて、NPO法人化について承認済。

  平成30年 7月18日    NPO法人設立発起人会を開催。

  平成30年10月28日  NPO法人設立総会を開催。

                                                       平成30年10月28日 

三原ダイヤハイツ自治会会長            福元勝郎

特定非営利活動法人 三原ダイヤサロン 設立代表者  槇野勝昭